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猫とワタシ

アラフォー女子の厄災

本と音楽、小説のブログです

この記事のみを表示する妻くんを拝む

読書

  KinKiKidsの剛は、街中で、ファンに手をあわせられて、拝まれる、という。

 生きている人を拝む。

 その話を聞いて、そばにいた妻くんに手をあわせてみた。気分がすっとする。ありがたい気持になる。手を合わせる行為が、そういう尊い気持にさせるのだろう。

 なかなか面白い。

 何回か、やっていたら、

「やめてよ」

 と妻くんに赤ら顔でいわれた。

 根拠レスだが、夫婦仲がよくなる、かもしれない。

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この記事のみを表示するスーパーマーケット人間

そのほか

 スーパーマーケットに立ち寄ることが多い。

 スーパーマーケットのレジで、ぴったりと寄り添っている、というよりくっついているカップルを見た。
 この手のカップルは、たまに見かける。
 男がレジかごを持って、女がお金を払うのかと思って見つめたが、そうでもないようだった。
 女がレジかごを持ち、財布を出して払っている。
 男が、なぜそこにいるのか、不明である。
 おそらく彼女と離れたくない、ということなのだろうが、たった三分間、三メートル離れているのが、いやなのだろうか。
 レジ先で待っていて、女がお金を払うあいだに、レジかごを受け取り、荷物をレジ袋に詰めていたほうが、よっぽど効率的だと思うが、この無重力状態のような時間を生きているカップルには、効率などという現実的な言葉は、存在しないのだろう。
 嫁さん大好き同盟、愛妻家のウマハゲさんは、どうなのだろう。
 三分間、三メートル離れているのも嫌なくらい、好きなのだろうか。心が苦しいのだろうか。

この記事のみを表示するネタバレ

読書

 奥さんが2017年の超話題作、今村昌弘「屍人荘の殺人」(東京創元社)を読んでいる。本格ミステリが好きなのだ。
「屍人荘とはね……********」
 とネタバレしてくるので、困る。

 私は、まだ読んでいないのだ。

この記事のみを表示する無限未来

小説(創作)

 Sudden fiction、超短編、いわゆる掌小説です。あっという間に読み終わります。

              *

 15年後の自分にあてて、メッセージをはがきに書け、と担任の先生はナナセにいった。
 卒業生全員が、タイムカプセルに入れて、校庭に埋めるのだそうである。
 ナナセは女子高の三年生である。そんなメッセージがあるわけがない。進学したい大学だって、まだ決まっていない。
 自分が何に向いていて、何を勉強したいのか、さっぱりわからない。日々悩んでいる真っ最中である。
 担任の先生にせっつかれて、しぶしぶナナセは書いた。

 15年後、ナナセの家の住所は変わっておらず、はがきが届いた。

「いま私は、幸せです。進路について悩んでいる。悩んでいるとき、選択肢が無限にあるように感じる。自分の未来がひろがっている、と感じる。15年後の私も、無限に未来があるといいな」

 家族は泣いていた。

 交通事故で、ナナセはこの世にいなかったのだ。


この記事のみを表示する掌小説 国民のため

小説(創作)

あっという間に終わる小説です。

国民が平和で、幸せになれる国を作りたい。
それが首相である私の切実な願いだ。
そのために、私は、まず意見が合わない人間を皆殺しにした。


この記事のみを表示する小沢健二の武道館ライブに行った

音楽

 小沢健二の武道館ライブに行った。小沢健二のライブは、2回目である。最初のライブは、たしか、ソロのファーストアルバムが出た直後のライブだった。
 今回は、満島ひかりがゲスト。というより、メインボーカルといっていいポジションで、全曲、ステージに立って、曲の半分をうたっている。バックを支えるのは、いわく「36人編成ファンク交響楽」。つまり、ファンクロックバンドとストリングの混交編成である。
 先日、竹原ピストルのライブをテレビで観た。引き語りで、ギター一本でも、充分に客を感動させることができるのだなあ、と思って感心したが、こういう大編成のライブもいいものだ。
 セカンドアルバム「ライフ」は多幸感があふれるアルバムで、「球体の音楽」以降のアルバムには、その湧き上がるような多幸感は消えている(なかには、全曲クールで、スタティックなインストのアルバムまであったのだ。それはそれで素晴らしい出来栄えだったが)。オトナになるとは、つまり、そういうことなのだ、と勝手に納得していたが、このライブでは、「ライフ」の曲が多いということもあり、多幸感が大爆発。
 まるでaikoのように、会場の客に呼びかけ、歌わせるサービスぶり。
 うたうことの、生きることの、普遍的なハッピーさを感じられるライブだった。
 武道館が、ボーダー服とベレー帽で埋まっている。ボーダー服は、フリッパーズ・ギターの、ベレー帽は、岡崎京子さんへのオマージュだろうか?


この記事のみを表示する小説を書く人は、結局、自分が書く小説にしか興味がなく、あるいは好きな作家にしか興味がない

読書

 名前のない書き手とその書き手の本が、世間でどのような扱いを受けることがあるか、翼猫さんと「この空気は、けっこうつらい」(https://note.mu/itoguchimasaka/n/n440ef5aae35c)という私の記事のコメント欄でやりとりした。
 それで思い出したことがある。
 私はリアルでは、自分が小説を書いているということを周囲にほとんど話していない、ということを以前書いたが、それでもやむを得ない場合(たとえば職場の上司や友人)、あるいはこのひとには、読んでほしいと判断したときには、話すし、本を渡す。
 それでわかったことは、渡した本の感想が返ってきたことは、少数の例外を除いて、ないということである。
 本を読んできちんと感想を伝える作業というのは、意外とエネルギーがいるのだ、と思うのと同時に、職場の上司はともかく、友人は、特に小説に興味があるわけではないので、やっぱり読んでいないのだろうな、と思う。がっかりする。
 なぜそんな友人に、本を渡すかというと、発覚したときに、水臭い、といわれないためである。他意はない。
 それに、友人の世間話のちょっとした埋め草的なネタには、なると思うからだ。

 私は、名前のない書き手なので、面識のない人から著書をもらうことはないが(自分で買う)、小説家志望の職場のアルバイトに、原稿を渡されることがある。
 周囲には、ほとんど話していないつもりなのだが、それでも噂は伝わる。「****さんに聞いたのですが、小説を書いているんですね? 僕も書いているのです」というひとが、たまにやってくる。
 小説が好きなひとは、歓迎である。
 真剣に話を聞くし、そのひとがパソコンで書いた小説も読む。後日、感想も必ず、伝える。
 これには、批判があるかもしれないが、私は、面白いと思ったところをピックアップして、伝えるようにしている。全体的に面白くなくても、褒める方向でコメントをまとめて伝える。
 本人のためには、否定的な部分の感想も伝えたほうがいいのかもしれないが(あくまで私の感想なのだから)、そうしたとき、そのひとが、今後、小説を書かなくなったらいやだな、と思うからだ。
 小説の選評で、次作を期待する、と切って捨てるいい方があるが、次作があるかどうかわからないひとに、次作を期待する、というのは、どうなのか。いつも思う。
 いまある作品の、いいところを伝えたい。

 それでそのひとが、感謝して私の小説を読んでくれるかというと(実は、それもけっこう期待している)、そうでもない。
 というのは、小説を書く人は、結局、自分が書く小説にしか興味がなく、あるいは好きな作家にしか興味がない。
 私は、そのなかに入っていないのである((^▽^;))

 ネットでは、多くの人が、私の本の感想を書いたり、書き込みをしてくれたりしている。感謝しています。


この記事のみを表示する郵便小説を書いた

読書

 郵便小説を書いた。
 郵便小説とは、郵便(封書)で、短編小説が1篇、自宅に送られてくるというものである。
 郵便小説として、送付する小説は、全部で3篇。
 値段は、300円である。小説の長さは、A4用紙で、それぞれ5枚から7枚。
 販売は、ネット書店のめがね書林で。

 アドレスは以下の通り。一度、のぞいてみてください。

 https://meganeshorin.thebase.in

 なぜ、わざわざそんなことをするのか。電子書籍で、300円で販売すれば、いいではないか。同じことだ。しかも、紙代や切手代、カラーコピー代がかからない。郵便小説など、それらの経費を計算すれば、おそらく利益は出ない。むしろ、手間を考えれば、赤字である。
 それでも、私は、グッズとしての紙が好きなのだ。データではなく、印刷した紙を届けたい。そうとしかいえない。

 電子書籍が優位の世の中だが、紙が好きだ。


この記事のみを表示する「高嶺の花」第1回

そのほか

 テレビドラマ「高嶺の花」第1回。
 「悪いがその男にはリハビリになってもらう。その後は、本当の恋ではないと気がつくから、泣いてもらう(大意)」という小日向文世さんが言う、非人間的なせりふが野島伸二脚本だなあ、と思った。

この記事のみを表示する何があったのだろう

そのほか

 通勤途中の路上で、毎日、決まった時間に手をつないで前から歩いてくる若いカップル(おそらく夫婦)がいる。が、今日は手をつないでいなかった。
 何があったのだろう?

 ちょっと気になる。

この記事のみを表示する朝のコンビニと新聞と初老の男

そのほか

朝のコンビニで、新聞を買っている初老の男を見かけた。なぜか、ほっとした。


この記事のみを表示する青いカバ

読書

 青いカバである。古書と新刊が混じっている古書店である(駒込)

 かつて池袋リブロの海外文学棚を作っていたひとが店主だという。極端に古い本はない。が、いい感じの古書が揃っている。

 スティーヴン・ミルハウザーの未読の翻訳本と、100円本を数冊、購入した。


この記事のみを表示する宮崎の黄砂

読書

 宮崎にいる。
 高い場所から見下ろすと、田園風景に、砂がかかったように霞んで見える。
「あれは、なんですか?」
 と地元の知り合いに聞くと、
「黄砂ですね」
「中国からの?」
「そうです」
 黄砂は、目に見えるのである。



この記事のみを表示する羽田圭介に似ていた

そのほか

 近所のセブン・イレブンに行ったら、初めて見る店員さんがいた。「成功者K」の作者、羽田圭介に似ていた。

この記事のみを表示する橋本愛さんと大森靖子さんと向井秀徳

音楽

 橋本愛さんのインスタで、大森靖子さんと向井秀徳さんの二人が出るライブを「私のために用意してくれたのではと勘違いしておかしくない組み合わせ」と書いていて、ああ、自分と同じだと私は思った。

この記事のみを表示する作家デビューします、と女の子はいった。

小説(創作)

 大学が芸術学部の創作コースだったからか、学生時代から小説を書く学生に囲まれていた。10人学生がいたら、8人は小説を書く。あるいは、書くと宣言していた(創作コースなのだから当たり前かもしれない)。
 大学を卒業して、一般の会社に就職をすると、さすがに小説を書く(書きたい)という人間はいなくなったが、絶滅したわけではない。正規の職員にはいない。アルバイトにたまにいた。
 三十歳までに作家デビューします、と宣言する女の子のバイトもいた。その心意気はすばらしい。
 ただ、小説を読んでいるわけではないようだった。
 そのひとの読書量は、ちょっと話しただけでもわかる。
 小説に対する思いや気持、つまり温度は、つたわる。
 小説が好きなわけではない。「小説家」になりたいのだ。「小説家」になるには、小説を書かなけばならない。だから書くのだ。
 他人の小説は読まないが、小説は書く。そういうひとがいるのだ。

 天賦の才を持って生まれた人種がいて、そういうひとは、他人の小説を読む必要はない。あふれる才能によって、傑作が書ける。そういう天才がたまにいる。
 でも、そういう才能がない場合は、他人の小説を読み、その読書体験を礎にして、小説を書く。ちなみに、私は、そのタイプだと思った。

 私は、小説が好きで、小説を書くようになったタイプである。小説をたくさん読んでいくうちに、こういう話が読みたいな、でも、どこにもなそうだし、ならば、よし、書いてみようと思って、書き始めたタイプである。

 三十歳までに作家デビューします、と宣言した女の子は(おそらく)三十歳を超えたいまも作家デビューしていないと思うし、大学時代の友人で、世間が認めるような作家になった人間はいない(と思う。ペンネームでデビューしていたらわからないけれど)。

 世のなかは、なかなかうまくいかないものなのです。



この記事のみを表示するラーメン大

読書

 私は、ラーメン二郎のインスパイア―系が好きだ。オリジナルじゃなくてもいい。たとえばラーメン大。
 家から歩いていける距離にある。麺の量が多すぎて、食べきれない、と妻くんはいう。でも、そこが、いいのだ。
 小盛りにもできる。
 (悪いけれど)妻くんには、つきあってもらう。
 ラーメン大で、野菜マシマシにしてもりもりと食べてから、ブックオフに寄った。妻くんと歩いて、家に帰った。
 ラーメン大とブックオフ。大食いと新古書店。ちょっと青春ぽいな、と私は思った。

この記事のみを表示する世間は、山崎賢人でできているのだ(妄想かもしれないけれど)

映画

  山崎賢人。ふと思う。
  私が観たいと思う映画の主役は、なぜか、山崎賢人がやっているのだ。
  原作が(少女)漫画が多いけれど。
 「ヒロイン失格」
 「orange」
 「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」
 「斉木楠雄のΨ難」
 「氷菓」

  世間は、山崎賢人でできているのだ(妄想かもしれないけれど) 


この記事のみを表示する「家畜人ヤプ―」の作者

読書

 古本屋で、倉田卓次さん(元裁判官)の本を見つけた。それほど高価ではなかったので、購入した。

 倉田卓次さんは、知るひとぞ知る人である。
 澁澤龍彦さんらに、「家畜人ヤプ―」の作者ではないか、といわれたのである。
 「続々裁判官の戦後史 老法曹の思い出話」を読んだことがあるが(先に続々、を読んでいた)、倉田さんは、この件について語り、自身が「家畜人ヤプー」を書いた沼正三と推測されたことを否定している。
 ただし、倉田さんは、ヤプーが連載されていた「奇譚クラブ」を愛読しており、現在「ヤプー」の作者であると自称している天野哲夫さんとは、「奇譚クラブ」を通じた文通相手だった、と書いている。
 天野さんは「ヤプ―」(正確には、「ヤプ―」の28章以前)の作者ではない、と疑う人は、いまだに多い。
 多くの関係者が亡くなっている現在、真実は、おそらく明かされないまま終わるのだろう。


この記事のみを表示するスターウォーズがあふれている

映画

 世間はスターウォーズである。町なかにストームトルーパーがあふれている。それがいやなわけではないけれど、というか、スターウォーズは全作観ているけれど、なんだかなあ、という気はする。