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この記事のみを表示するプロローグ シュトゥルム・ウント・ドラング1

「よろこびのなかにもかなしみが準備されている」

シュトゥルム


 以下の文章は、新作長編「よろこびのなかにもかなしみが準備されている」のプロローグ部分。
 
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  よろこびのなかにもかなしみが準備されている


 霧谷先輩はいまや絶滅危惧種といわれる文学少女だった。黒髪少女の減少を憂えている男子は大勢いると思われるが、文学少女の絶滅についてはそういう人間はいないだろう。黒髪少女は鑑賞できるが、文学少女は何の役にも立たない。あ。書店の本の売り上げには貢献しているかもしれないけれど。
 霧谷先輩は私立高校の三年生で、三年間、自発的に手をあげて図書委員をやっている。図書委員長だ。本の虫。というよりも、本の昆虫。意味は似たようなものだが、語感は微妙にちがう。本にしがみついている複眼を持つ昆虫のイメージだ。成績はいいが、行動、発言ともに変っている。棚木曜一も図書委員だったので、その行動を目の当りにしてびっくりすることが多かった。
 ある日、図書室のカウンターで、本を読んでいた霧谷先輩がいきなりがばっと顔をあげると、曜一を見つめた。
「ヨーイチくん、彼女いるの?」
「いないですけれど」
「あれ。あれは何。いつもきみがくっついている女の子は」
 金魚の糞みたいにいうな、と曜一はむっとした。ゴジラのことだ。
「あれはでも、ボディガードみたいなものだから」
「ケビン・コスナーのような?」
 その映画は観たことがなかったが、そのようなものだろう、と思った。
「雇われたわけじゃないですけれど」
 霧谷先輩はちょっと笑い、意味ありげに曜一を見つめた。ちら。ちら。ぎこちない視線が交錯する。この雰囲気。まずい、と思う。正直なところ、告白されても困る。
「好きなの、ヨーイチくんのこと」
「え」
「困ったような顔をするな。きみじゃないほうのヨーイチくんのことだ。中村容一くん」
 ああ、あいつか、とほっとして曜一は思う。おなじ学年で、いつも集中力に欠けている図書委員だ。
「シュトゥルム・ウント・ドラング」
 いきなりいった。
「え?」
「疾風怒濤時代」
 ゲーテだ。文学少女だ。
「のような恋なの」
 どんな恋だよ。曜一は思わずつっこみたくなる。
「インテリとインチキは似ている」
 文脈無視でいった。意味がわからない。霧谷先輩はけらけらと笑っている。秀才らしいが、ギャグのセンスが大幅にずれていると思う。

 まるで曜一への打ち明け話がきっかけになったかのように、霧谷先輩はみるみるイメージチェンジに着手し始めた。輪ゴムで無造作に束ねていたばさばさの髪の毛は、つやつやに変わり、ヘアゴムできっちりとツインテールにした。黒いフレームのめがねを赤いおしゃれめがねに変えた。猫背気味の背中をしゃきっとさせて、背筋を伸ばして颯爽と廊下を歩いた。文学少女から恋する少女への、さなぎから蝶のような脱皮だった。
 シュトゥルム・ウント・ドラングだったのだ。霧谷先輩の。冗談ではなく。

 カウンターにいる中村容一に、霧谷先輩は積極的に話しかけ、アプローチをしていた。霧谷先輩の気持を知っている曜一にはそのことがよくわかった。しばらくのあいだ、曜一は気にしていたのだが、そのうちにゴジラをめぐるばたばたに巻きこまれ、二人の動向は圏外に吹き飛んでしまった。


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