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この記事のみを表示する第二話 セラピー・フィッシュ

「よろこびのなかにもかなしみが準備されている」


セラピー冒頭


 以下の文章は、新作長編「よろこびのなかにもかなしみが準備されている」の「第二話 セラピー・フィッシュ」の冒頭です。

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  よろこびのなかにもかなしみが準備されている


     1

 中原美麗(みれい)が最初に、高校を休んだ日、なんだきょうは休みなのか、と積木(つみき)ミユは思った。不審に思うこともなく、メールもしなかった。風邪かな~(五月だったので、季節はずれだったけれど)と思った程度だった。それが三日になり、一週間になった。さすがに無頓着なミユも心配になって、メールしてみた。返信がなかった。スマホに電話してみたが、出なかった。美麗はクラスメイトで、学年一の美少女、天使すぎる美少女と呼ばれて、クラスのカーストのなかでは女子のトップに君臨し、イケメン男子を従えていた。ミユはどこのカーストにも属さないタイプ、「不思議ちゃん」枠だったが、近所に住んでいるよしみということもあり、美麗と仲よくしていた。いまさらながらこれはおかしいとミユは思い、家に電話してみると、美麗のママが出て、じつはね、部屋から出てこなくなったのよ、と声をひそめていった。
「どういうことですか?」
「ひきこもりというのかしら」
 ひきこもり? 
 ミユがまっさきに思い出したのは、一ヶ月まえのことだ。両親が離婚しちゃいそうなの。そういっていたのだ。

 美麗がその話をしたとき、うらやましいなあ、とついうっかりミユはいってしまったのだった。
「なぜ?」
 美麗が尋ねた。これは皮肉でもひねりをきかせたジョークでも何でもない。本当に、そう思ったからだ。
 ミユの両親はラブラブすぎて、ミユは、幼いころからずっと疎外されているような気分だったのだ。子供が産まれると、たいていの両親はビデオカメラの新規購入を検討したりするが、ご多分にもれずミユのパパも家電量販店で買ってきた。しかし撮影する対象はミユではなく、ママだった。うちにのこっているビデオの90パーセントはママが中心で、ミユは画面の隅っこに申しわけ程度に映っているだけだ。ブルーレイに焼いたビデオ映像は大型のラックからあふれんばかりにのこっているのに、ミユが中心に写っているビデオなど、一コもない。
 写真だってそうだった。ミユには赤ちゃんや子供のころの写真がほとんどない。いや、ママが赤ちゃんのミユを抱いている写真はのこっているのだが、ママの胸からうえ、ママのきらきらとこぼれる満面の笑顔しか写っていなかったり、たとえミユの全身が写っていたとしても、ピントの中心はママにあり、ミユにはない。ミユが写っている写真があったりもするが、それは子供のミユと手をつないでいるミユのママの全身を撮ろうとして、しかたがなくミユも写りこんでしまったということが真相なのではないかと思う。つまり間違って写ってしまったのだ。パパはママが大好きで、ミユが産まれたのはママがそれを望み、よろこんだからで、決してミユがほしかったからではない。そんな家庭環境にいてよくグレなかったものだと思うが、両親がラブラブのせいでグレた、などといおうものなら、同情されるどころか、ギャグだと思われてげらげらと笑われるだけに決まっている。
 しかも結婚十八年目になるというのに、いまだにそのラブラブ状態がつづいているのだ。仕事に出かけるまえに、玄関内でチューしたりしている。ちなみに、両親はおたがい公立の高校の教師(パパが国語で、ママが英語だ)だが、この二人の恋愛にドラマチックな要素は、まったくない。教育委員会が主催していた研修会かなんかで知り合ったのだ。というわけで、ミユは鬱屈した気分を胸に秘め、両親を糾弾するチャンスを虎視眈々とねらってきたのだけれど、その機会はいまのところ、訪れなかった。これから先もずっと訪れないかもしれない。出発は遂に訪れず(島尾敏雄さんの小説のタイトルだ)。
 両親がラブラブであることの弊害はいろいろとある。なぜなら両親のラブラブのせいで、子供がさびしい思いをすることを知ってしまったミユは、異端の恋愛観を身につけてしまったからだ。つまり同年代の女子がすすんで口にする、カッコいい彼を見つけて、恋愛して、幸せな結婚をするという恋愛至上主義の魔法がミユにはかからないのだ。といって、もちろん好きになれない男と恋愛して結婚する気にはなれなかったので、「いちばんではなく、三番め程度に好きな男(映画で言えばB級、C級あたり)とつきあって結婚したい。そうすれば子供が幸せになれるから」と発言することになる。信じていることをそのままいっただけなのだが「えーっ! 超変ってる~、ミユは」といわれて、圏外に放り出されるのだ。十七歳の女子高校生は、たいていかっこよくて大好きな彼と結婚するのが最高の幸せだと信じて疑わないのだ。それはともかく、いつかきっと産まれてくるであろう愛する子供のために大好きな男ではなく、「三番めの男」を見つけようと思っているというのは本当だった。
「半年以上、パパはうちに帰ってこない。女がいるのかもしれない。ママはなんにもやる気がないのか、ごはんをつくらないの。毎日毎日コンビニの弁当ばかり。もううんざり。ママはばかの一つ覚えみたいにおなじおかずの弁当ばかり買ってくるし、においもかぎたくない」
 美麗はよくそうぼやいていた。両親が離婚しそうなことがいやなのか、コンビニの弁当攻撃にうんざりなのか、よくわからない微妙なニュアンスだったけれど。でも、その後も特別な変化がなかったので、ひきこもりの理由がそこにあるとは、ミユには思えなかった(ミユなりに真剣に考えてみたのだ)。

 二週間まえのことだ。美麗からミユのスマホに電話がかかってきた。美麗からの電話じたいはよくあることだ。
「今週の日曜日、予定ある?」
 つきあっていた中村容一と別れてからは、ミユの日曜日の予定はカレンダーからすっかり消えていた。
「べつにないけれど」
「デートしない?」
「いいけれど、あたしとで楽しいの? 美麗だったら、デートしたがっている男子なんて掃いて捨てるほどいると思うのだけれど」
「あたしはね、ミユがいいの」
「どうして?」
「面白いから」
「どこが?」
「空手をやめちゃった話とか。中学のとき、ミユは全国大会で優勝したこともある選手だったんでしょう?」
「まあね。でも、始めた動機が動機だったから、数年で興味がなくなっちゃった。優勝したことでとりあえず極めたと思ったし、日本で最強の選手になりたかったわけでもなかったし、毎日練習に明け暮れて、デートもできなかったし」
「始めた動機って何?」
「うちの両親は二人とも高校の教師なのだけれど、スポーツより勉強のほうが上だって思っていて、そういう教育方針に反発したのよ」
「ふーん。でも、その教育方針はあながち間違っていないと思うけどな。たいていの親はそう思っているよ」
「そうなのよ。親のいうことはあながち間違いばかりじゃないということに気がついたとき、あ~あ、あたしはいったい何をやっているのだろうと思って、ばかばかしくなってやめちゃった。それに、空手をやっていると、あちこちに筋肉がついちゃって、自分がどんどん女子ではなくなっていくようなこわさがあった」
「へえ~」
 緊張感がまったくない声だった。金太郎飴のようにどこを切っても女子の成分だけでできているような天使すぎる美少女の美麗には、わからないだろうけれど。
「容一くんとはどうして別れちゃったの?」
「さあ、なんでだろう」
 ミユは首をかしげていった。「振ったのはあいつだから。理由ははっきりとはいわなかった。ごめんなさいをくりかえすばかりで。おおかた好きな女の子でもできたんじゃないの?」
「たった三週間で?」
「そう、たった三週間で」
 こうなったらやけくそだ。
 ミユだってかなり傷ついているのだ。何しろ「三番めの男」に三週間で振られてしまったのだから。


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