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この記事のみを表示する「スズキ」冒頭

読書


スズキ(書き出し)


 短編集「スズキ」の「スズキ」、冒頭部分です。

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  短編集「スズキ」

   
 スズキから電話がかかってきた。
 小学校のとき、おなじクラスだったが、三十五年以上も音沙汰がなかった。用件をいわなかったので、宗教の勧誘か商品のセールスではないかと疑ったが、そういうことではない、とはっきりと口にしたので、会ってみることにした。
 西多摩のとある町で会おうということになった。ぼくとスズキが生れ、育った町だ。もっともぼくは大学を出て就職するとすぐに人事異動で、地方の支社にまわされ、その後もずっと地方の支社ばかりを転々とさせられていたので、東京の本社に戻ってきたのは、ほんの数年まえだった。スズキがもんじゃ焼き屋を指定してきたので、そこで会うことにした。スズキの顔は、じつはよく覚えていなかった。スズキだって同様にぼくの顔などろくに覚えていないだろう。スズキという名の男の子がおなじクラスにいたことはぼんやりと覚えていた。下の名前をいわれて、かろうじて記憶に引っかかる程度だ。小学生のときの京都の修学旅行三日目の夕食、気になっていた女の子が長テーブルのどこの席に着いていたか覚えているか? そんな質問をいきなりされている気分だった。
 もんじゃ焼き屋で待っていると、スズキが入ってきた。
 ぼくを見たとたん、かれの顔にはぱっと満面の笑顔が浮び、まっすぐぼくのところにやってきた。あ、これは下準備をしているなと思い、その迷いのない足取りで、これはセールスだと確信した。小学校の卒業名簿をめくって、ぼくの名前を知り、何らかの方法でぼくのいまの住所にたどりついたのだ。スズキがひとなつっこい柔和な笑顔で、ぼくのテーブルの向かい側にすわった。
 すぐにスズキの耳が目についた。ふつうの耳ではない。いや、よく見てみなければわからないくらいだったが、妙に耳のラインがでこぼこしていて、ぎょうざのようなかたちをしていた。
「その耳、どうしたの?」
 ぼくは気になって尋ねた。その耳のかたちには、たしかに見覚えがあったのだ。
「こどものころ、柔道を習っていて血がこぶのようにかたまっているんだ」
 スズキは笑顔を崩さずにいった。
 その記憶はなかった。
 ビールが運ばれてきた。乾杯のことばがすぐには思いつかなかったので、おたがいの健康とあしたのためにといって、軽く杯をあわせた。しばらくは会話らしい会話もしないでもんじゃを小さなヘラでつついてたべていた。やがて充分に腹がふくれたころ、スズキはおもむろに鞄から本を取り出して、テーブルに置いた。
「これを渡したかったんだ。きみから借りた本だ」
 それは昆虫図鑑だった。たしかにぼくの本だ。
「きみに貸したんだっけ?」
 その記憶もなかった。
「いや、ぼくじゃなく、また貸しだ」
「また貸し?」
「きみから本当に借りたのは」
 スズキくんだ、とスズキはいった。
 思い出した。ぼくのクラスにはスズキがふたりいたのだ。ぼくはそのことを聞いて、べつのあることを思い出していた。陰惨な事件を。

 夏になると、ぼくたちの町にはサーカス団がやってきた。町の中心にはだだっぴろい広場があって、その広場が一夜のうちにサーカスになった。サーカスのテントのまえには檻に入ったライオンやゾウがいて、ピエロがボーリングのピンみたいなものをいくつも同時に空中に放り投げて、くるくると輪を描いて、客を呼んでいた。そのほかにも、ぼくたちと同い年くらいのタイツすがたの美少女が身軽にひょいひょい移動しながら球乗りをしていて、喝采をあびていた。ぼくたちは頬をポッと赤くして見とれていたものだ。あれは恋に近い最初の感情だった。サーカスはこどもたちの楽しみだったのだ。
 サーカス団にはどういうわけか、忌わしいうわさがまとわりついていた。サーカス団が去ったあとにはこどもがひとり、必ず消えるというのだ。
 ある夏、こどもが消えた。サーカスをひとりで見物にいって、帰ってこなかった。家出をしたにしては、所持金はわずかしかなく、そんなに遠くにいけるはずがない、と家族が訴え、警察が捜索した。サーカス団のどこかにいるのではないか。サーカス団が何らかの理由で、隠匿しているのではないか。警察はそう考えて、となりの町にいたサーカス団をつかまえ、テントのなかをくまなく捜索した。でもどこにもいなかった。こどもたちは警察のそんな報告など、はなから信じていなかった。驚異的な芸を持つひとたちの集団なのだ。こどものひとりぐらい、警察の目から隠すのはたやすいことだ。ぜったいにサーカス団といっしょに旅をしているのだとぼくたちはいいあった。知らない土地で公演を打つサーカス団の手伝いをしているこどもはうらやましくさえあった。
 三年後、中央の広場にプラネタリウムが建つことになって、土地を掘り起こしたときにこどもの死体が見つかった。着ている服装がおなじだったので、そのこどもだと断定された。科学捜査とか、DNA鑑定などはなかった時代だ。誰がどうしてこんなことをしたのか。サーカス団とは何らかのかかわりがあるのか。大々的にマスコミに報道され、警察もスタッフを増員して懸命な捜査をしたが、犯人は逮捕されなかった。容疑者の糸口さえみつけることができなかった。そのこどもとぼくとは仲良しだった。家が近所だったということもあって、いつもいっしょになって遊んでいた。たしかにその本はそのこどもに貸したものかもしれない。そんな気もした。
 そのこどもがスズキくんだった。 

「そのためだけにわざわざ電話してきてくれたの?」
 ぼくはとつぜん目のまえに差し出された昆虫図鑑を眺めながら、わきあがってきた思い出を振り切るようにいった。
「ああ、返してやってくれって頼まれていたからね」
「約束したとしても三十五年以上まえの話だ。もう時効じゃないか」
「犯罪とちがって、約束には時効はないからね」
 スズキはニヤリと笑っていった。
「悲惨な事件だった」
 ぼくは顔をしかめながらいった。
「なんの話?」
 スズキは尋ねた。
「きみじゃないほうの、スズキくんが死体で見つかった事件だ」
「ああ、そうだった」
 スズキは感慨深そうにいった。「ひどい事件だった。ぼくたちが生きている場所で、そんなことが起るなんて思いもしなかった」


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