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この記事のみを表示する「コクー」(冒頭部分)

「アナログガール」

 短編集「アナログガール」の「コクー」、冒頭部分です。

  amazonで好評発売中。

   「アナログガール」


              1

 ナギが流くんと知り合った、カクテルバーは渋谷の東急ハンズの裏側にある細い路地に面した、ビルの地下一階にあった。照明は暗く、広くはない。
 純粋なバーで、ホステスはいない。
 当時、流くんは二十歳で、偏差値の高い大学に通っていた。インターネットに出したアルバイトの募集を見て、ナギがバーテンダーをしている店に応募してきたのだった。
 髪をうなじまでのばしていて、陰影の深い顔立ちで、水際立った美形だった。ナギは流くんの笑顔が好きだった。一点の曇りもない、青空のような笑顔。媚びやへつらいのない、下心のない笑顔。この世界に入って、そういう笑顔をする人間をあまり知らかった。かなり女好きのする容姿で、水商売にむいていた。それはたしかだ。流くん目当ての若い女の客がたくさんドアをあけた。キャバ嬢のような感じのきれいで、きっちりとメイクをした女もいた。胸元を大きくあけて、谷間をわざと見せるようにして、流くんのまえにすわる女もいた。そういう客は店に入ってきたとたんに、空気感ですぐにわかる。純粋に酒が好きで飲みにきている客とは、微妙に異なる空気を身にまといつかせているからだ。
 ナギは来店の動機には興味がないが、ナギがつくるカクテルが好きで飲みにきてくれる客が好きだった。ナギのカクテルは常連のお客さんから「マジでうまいカクテル」、略して「マジカ」と呼ばれて、評判がよかったのだ。

 ナギは中学を卒業すると、水商売の世界に入った。
 勉強ができなかったわけではない。クラスで常にトップスリーに入る成績だった。貧乏だったわけでもない。母親の両親が金持で、しかも遺産をたくさんのこして死んでくれたおかげで、お金はいっぱいあったのだ。ナギが中学二年生のとき、父親が過労死した。経済的な余裕はあったのに、会社のみんなの期待にこたえるのだといって残業して夜遅くまでしゃかりきになって働いた結果だった。ばかでかわいそうな父親。でも大好きだった。
 そういうこともあってか、母親は一生懸命に働くことに懐疑的だった。また、進学することにも無関心だった。中学生のときの三者面談で、担任の先生は強く進学をすすめたが、ナギは受け入れなかった。母親もとくにすすめたりはせず、おまえにまかせるという態度だった。担任の女性教師が鼻の穴をふくらませ、顔を真っ赤にして、いまどき中卒なんていません。あなたはそれでも母親なのですか、となじる一幕もあったくらいだ。だが、母親はまったく動じず、顔色ひとつ変えなかった。
 ナギは最初からバーテンダーになろうと思っていた。頭のなかに、酒のびんをまえにシェーカーを振っている自分のすがたが鮮明にイメージできたからだった。
 おなじ水商売でも、ホステスになろうと思ったことは、ただの一度もなかった。それはちがう、とナギは思った。
 私にはむいていない。それだけだ。

 流くんは筋がよかった。いちいちすべてを説明する必要がなかった。一言つたえただけで、全体をひゅぅーっと一瞬でつかんだ。本当にひゅぅーっといった感じで、コツをつかむのだ。たまにこういうひとがいる。もっともっといろいろなことを教えこみたい。磨けば光る逸材なのだ。過去には何度教えても、だめなバイトもいたのだ。
「それはさ、相性がいいのさ」とあごひげをはやした店長がいった。この世界で、三十五年間、生きてきたひとだ。
「どういうことですか?」
 ナギが聞いた。
「ナギちゃんのことばがすとんと落ちるちょうどいいサイズの受け皿がかれの頭のなかにあるということだ。セックスの相性とおなじだ。わかるひとにはわかるという、あれだ」
 あまり多くを語らない店長だったが、ときどき心に残ることをいう。


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